久し振りに読みごたえのある山の本だった.
この本を紹介されたのは、山岳部のOB/YBが集まった”海外の
登山と旅報告会”の席上で、ほんの1週間前の事.
チベットのカルションへ遠征された先輩のY川さんが、集まった部員
に紹介された.

物語は昭和11年、日本人として初めてヒマラヤの「ナンダ・コート」
に遠征し全員登頂の快挙を果たした立教大学山岳部の記録である.
筆者が終章で書かれている様に、その後、戦争があったとは云え、
日本人がヒマラヤに遠征し登頂したのは、このナンダ・コートから
20年後のマナスルだった事を考えあわせると、いかにこの遠征が
画期的なものだったか....

筆者はこの本のあとがきに「これはあくまでフイクションであって、
事実とは微妙に異なる...」と書かれているが、綿密な取材と構想
10年、実話に基づいた山岳小説であり、臨場感に溢れている.

現在とは異なり、装備も食料も乏しい頃の遠征で、上巻に於いては、
立教大学山岳部の国内の山に於ける山行とナンダ・コート遠征まで
の苦しい準備状況を、下巻ではインドを経ての長いアプローチの末、
首尾よく頂上に達するまでの苦闘が描かれている.
まるで、著者が同行しているかの様な、臨場感に溢れた山岳小説で、
一気に読まずには居られない本だった.

この本に登場する山縣さんは、我が山岳部の大先輩であり、当時の
現役から見ると、神様に近い存在でもあった.


非常に物静かな方で、卑近な例では、小さな帆布製のザックから出て
来る思いもかけない品々は、”何でも出て来るザック”として部員の中
でも一つの伝説にさえなっていた.
夏のOB/YB懇親キャンプで夜中にフラリと来られ、部員一人ひとりが
持ち寄る闇鍋の具としてザックから出された大量の餃子に驚いた記憶がある.
山岳部の例会でも隅の方に座られ、たまにコメントされる一言がズシリと重かった.
春山合宿で後立山の鹿島槍〜針の木峠まで縦走した時は、山縣さんのコネで知人の方が車で大町まで
迎えに来て頂き、随分楽をして、扇沢まで入った事もある.

自分がまだまだ下っ端だった頃なので余り親しくお話を伺った事はないが、この本を読み進んでいくと、
いかにも山縣さんらしい人柄が良く描かれており、改めて大先輩の功績に敬意を表さずにはいられない.


谷 甲州 著(角川文庫)
本あれこれ
遠き雪嶺/上下
05.12.06
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