”闇がたりの文庫本が出たよ〜”と、会社の先輩で「浅田次郎
友の会」のI谷さんからメールを貰ったのは6月末.
「友の会」と云っても、会員はI谷さんと私の二人だけだが...
早速、買い込んだのは良かったが、出張も電車に乗る機会も
すっかり減ったので...昨日、やっと読み終えた.

さて、第三巻 初湯千両の舞台は、留置場の風呂場から始まる.
留置場では、正月二日が初湯(私は知りませんが!)である.
その初湯で、ヤクザ者を相手に湯に入っている天切り松が話し
始めたのは、”説教寅”と呼ばれている兄貴分の闇がたり.

大晦日、説教寅と一緒に行った湯屋の前で、なけなしの湯銭を
落として泣いている子供の身の上を聞いてみると、父親は日露
戦争で戦死し、気丈な母親との二人暮らし.
自分もこの戦争に狩り出されて、無意味な戦争の惨劇を味わった
寅が、持ち前の男気から、その親子のために陸軍大臣の屋敷に
忍び込み、眠りこけている大臣(実は、この大臣というのが、
寅の上官だった男)を脅かして千円もの大金を出させ、戦争で
父親を亡くしたその家族に届ける話.
単なる「義賊」で終わらないのが浅田さんの小説.
無意味な戦争を起こし、末端の兵隊の事など少しも考えない
当時の軍隊の身勝手さ、国の愚かさを、しっかり、この部分に
書き込んでおられました.

この他、百面相の”書生常”が時の宮様に化けて、東京へ出て
来た新興事業家の政治献金を巻き上げる話、竹下夢二と”振袖
お紺”との軋轢を描いた「宵待ち草」では、珍しく警察署に勤務
する婦人警官だけに闇がたりを聞かせていたが.....


   わかるかい、ねえさん.理屈じゃあねえんだ.
   きれいなもんばっかし見てきたやつには、本当にきれいな
   ものの有難味がわからねぇ.きたねぇ世の中をはいずり
   回ってこそ、きれいなものがはっきり見えるのさ.


「大楠公の太刀」、「道化の恋文」と続いて....
最後が「銀次蔭盆」.
真冬の警視庁の本庁の道場.そこに集合した警視総監以下刑事30人を相手に話し始めたのが
自分の親分:目細の安吉に連れられて、大親分:仕立屋銀次の面会に厳冬の網走監獄へ出掛けて行く話.
なぜ、当時で4日も掛る網走へ出掛けて行ったのか、詳しくは省くが!、
帰り際に、安吉が松蔵(天切り松の本名)に言い聞かせた言葉.


   辛抱だよ、松....−中略−.
   自分よりも気の毒な人間のいるうちは、辛抱しなけりゃいけない.
   上を見ずに、下を見て歩け.自分よりかわいそうな人間だけを、しっかりと見ながら
   歩くんだよ.


ところで....
浅田次郎さんの小説にはファンが多いと見え、この第三巻”初湯千両”の解説も、18代目
中村勘三郎さんが書いておられる.勘三郎さんと云えば歌舞伎役者.たしか、フジTV系列で、
”天切り松”の2時間ドラマを演じて居られたか!?.
そういえば、浅田次郎さんの小説「プリズンホテル」にしても、草野満代さん、安藤優子さん、
雨宮塔子さん、中井美穂さんと、およそ評論家とは云えない方ばかりが、思ったままの浅田次郎論
を唱えておられるし、この闇がたり第一巻 闇の花道 の解説も、映画監督/降旗康男さん.
どれも、浅田さんのファンらしい評論で納得がいく.

「小説とはこ−あるべき、あーあるべき」と、理屈をひねくり廻す文芸評論家より、よっぽど的を得ている.

天切り松 闇がたり
本あれこれ
浅田次郎 著(集英社文庫)
/初湯千両
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