サービス員の時代
現地でソフト修正は当り前!
現地で”ソフト修正”と言っても、プログラムを現場で作って、それを直接、
プログラマーズコンソールから”機械語”で入れる事まで、サービス員が
やっていた!.勿論、テストプログラムでは無い、本番のプログラム.
Y5という国内初の「プロセス制御用計算機(DDC)」は、OS的な部分は
割込み処理プログラムのみで、後はデバイスごとの夫々の処理プログラム.
それにメモリも、たったコア32KWのみ.
それだけに、当時のソフト屋さんは、32KWに何百ループものプロセスの
制御用プログラムをぎっしり詰め込んだ上、オペレータコンソールやタイプライタ
出力などの各種プログラムを組み込んでいたから、まさに「職人芸」の世界.
お客様の計算機室へ行くと、プログラムの「フローチャート、アセンブラベースの
プログラムシート」がびっしりと棚に並んでおり、サービス員といっても、これを
読まないと仕事にならない.
ソフト屋にも色々個性があって、丁寧にコメントを入れて「この部分は、何のためにこの処理を入れているか」
まで懇切丁寧に書いている人と、コメントも無くメモリをケチる余り、複雑な処理になればなるほど、数命令で
終わらせるために、命令語を最大限に使って「本人にしか分からないプログラム」を書く人と....色々、居た.
結果的には正しいのであるが、これが、我々サービス員泣かせ!.
こんなときには、
「なんで、こんな処理してるの?」
と、現地から電話して、本人に聞くしか手が無い.
それでも現場でフローチャートを開け、プログラムシートと照らし合わせながら作った本人に問合せる事なく
プログラムを修正して、後で会社に帰ってから「ここんとこ、修正しといたよ」と、原本を直して貰う場面が
結構あった.
新たな処理プログラムを入れなくてはならない時は、メモリマップから空き領域を探して追加プログラムを
書き、本番プログラムからジャンプさせて、処理してから戻るなんて事をやる.
空き領域がメモリプロテクト領域だと、プロテクトを開けたり閉めたり.
勿論、定期点検の時に消されない様、お客様のフローチャートやプログラムシートには赤ペンで修正箇所を
書き、プログラムのダンプを取っておく事も忘れない.
DDC制御の導入当初は、それまでアナログ制御に慣れているお客様から、勝手が違うのか、
「○○さん(会社の名前)、なんか流量乱れるんだけどね〜」
「流量が乱れる」なんていうのが、サービス員に取っては、一番困るクレーム.
仕方なく、余り知識も無いが、お客と一緒に「PIDの”D”をもっと効かせてみましょう」などと、にわかに
「PIDチューニング」をやってしまう事もある.
とにかく、ハードは勿論の事、ソフトや時にはSEの領域まで知らないと、サービスが出来ない.
お客様側も、建設が終わると建設担当者は別の部署に移って、計装担当者にバトンを渡してしまうので、
何かあると、我々との「共同作業」になる.
そんな事もあって、サービス員時代のお客様とは”同志的結合”があり、いまでも懇意にして頂いて
いる方が多い.