設計屋の時代
お勉強のこと
最初、計算機の設計といっても、他社のCPUに周辺装置、I/O機器を自社設計してシステムに纏め上げ、
納入される形だった.CPUは時代と共に変り、OKITAC、FACOM、PDP−8 など.

この頃は、まだトランジスタの時代!.
フリップフロップ、アステーブル/モノステーブルマルチバイブレータ、インバータ、シュミット回路、etc.
(略して...フリフリ、アステーブルマルチ、モノマルチ、なんて言ってた. 懐かしいな−!).
トランジスタ、ダイオード、コンデンサ−、抵抗を組み合わせて回路を作っていくが、夫々の部品を決める時
最初は計算して値を出すものの、部品メーカ−の販売している物は希望値通りで無い事もあり、結局は
実験ベンチで回路を組み立てて、動かしてみる事になる.
     「トリガ回路のCとRは幾つにすればいいんだろ」
     「実験ベンチに転がってるコンデンサ−と抵抗、使っちゃえ!」
     「あれ、モノマルチが動かないや!」
     「やっぱり、ちゃんと計算してみるか....」
こんな具合で作った回路も、電源電圧を±10%変動させて動かないと、仕様に合わないからやり直し.
結局、実験ベンチでの作業が多くなり、おかげで”ハンダ付け”が上手くなった.

これは、後の”サービス員時代”で生きてくる.........

その内、ICが出て来て簡単に回路設計出来る様になったが、今度は計算機のSpeedが速いから、表皮効果
なんて面倒な問題が出て来て、実験ベンチではOKでもプリント板化するとノイズで誤動作してしまい、あっち
こっちにノイズ吸収用コンデンサを入れるハメになって来る.

その内、ボスが、どこからか、故障の確率やハードの信頼性なんていう
「信頼性演習」という難しい本を買って来てみんなに配り、勉強会を
やる事になった.
残業時間に全員で、それも”輪講”でやると言う!.
「エェ〜、俺もやるの!?」と、内心思ったが(なにしろ、この頃は、
山登りで仕事どころじゃ無かったんです!)、ツルの一声で止む無く
参加する事に.
勉強会が始まると、意外に皆さん真剣で、マジメで、サボリ無し.
みんなの前で大恥かきたく無いから、自分の担当の時間が近づくと、
仕事もそっちのけで予習 ⇒ しかし、結局は付け焼刃!.
急に”ワイブル分布、ポワソン分布”なんて言われても分かる訳が無い!.

自分の番の時、何を喋ったか今となっては忘れたが、冷汗タラタラで、
1時間をお許し頂いたと思う.
その時使った教科書は、今でも”記念品”として持っているが、結構、
書き込みがあって、それなりにやってたみたいだ.

ここで学んだ信頼性の事も、サービス員時代になって、お客様とのトラブル
会議で、MTBF、MTTR、故障率、etc の会話をする時に役立った.


結局........
なんでもやっとけば”ムダ”になる事はないんだなぁ〜〜.
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