サービス員の時代
海外出張そのV(アメリカ一周)
ヨセミテ渓谷
海外出張3回目は、サービス員からサービスマニュアルやサービス体制の構築を行うスタッフになり、
海外のサービス体制も出来上がりつつあった時でした.
アメリカで「ISAショ−」という業界最大の展示会が毎年開催されていましたが、会社では毎年、マネージャ−
を中心に技術者を派遣していたのです.この年は、ロスアンジェルスで4日間行われましたが、会社の工場が
アトランタにあり、ここでの現地技術者との交流会と、当時国内でも、そのサービス体制が見本になっていた
HP社コールセンタ−見学もスケジュールに含まれていました.
それぞれの予定を繋ぎ合わせると空き時間が方々に出来、遂にはアメリカ一周/2週間の出張となりました.
メンバ−は、役員を含めて6名、特別参加の、代理店の役員さんが1名含まれていました.
<余談>やはり英語が出来ないと話しになりません.前年の同じ出張では、英語が出来ないばかりに
      ノイローゼになったマネージャ−も居た位ですから.
      自費で「町の英語教室に3ケ月、個人教授1ケ月」通い、さらに出張メンバ−全員での、週1回
      /3ケ月間の英語講習を受けました.
      しかし、帰りの飛行機で「コーヒ−」を頼んでも、いつも「コーラ」が来た様な結果に終わりました..

■1日目 成田〜ロスアンジェルス
ロスアンジェルス空港で、変な白タクに声を掛けられ一瞬身構えましたが、無事、宿泊先のホテルに到着.
ホテルは「ウエスタン・ボナベンチャ−」.昼食のサンドイッチが皿に山盛りで驚かされましたが、早速、弗32
払ってユニバーサルスタジオの見学に.人を楽しませるアメリカ人のサービス精神に感心しました.
目の前で大洪水が起こったり、ジョーズが現れたり、会場一杯に爆発が起きたりと....
その夜更け、文字通り「ベッドにしがみ付かないと振り落とされる!」程の地震に遭いましたが、なんとか無事.
一晩中、”歩いて階段を降りる人の足音”が聞こえていました.

■2日目 ロスアンジェルス〜アナハイム
ホテルから車でISAショ−が開催されるアナハイムへ移動.
この時期は、西海岸特有の”インディアン・サマ−”という酷暑が1週間以上続くので、茹だる様な暑さです.
ISAショ−は、ディズニーランドのすぐそばのコンベンションセンタ−で開催されているのですが、着いた時は
ディズニーランドどころではなく、行く前に申し込んでいた講習会(ショートコース)が開催される会場や、ISA
ショ−の下見.何しろ、会場が広い〜!.やっと一息付いて、歩いて20分位のディズニ−ランドへ.
時間が無いので行列の少ないところばかり選んで回りましたから、せいぜい外輪船に乗って池を一周した位で
しょうか.宿泊は、会場近くのモーテルですが、到着してホテルを出た途端、右側通行を忘れていて”なんで
反対車線から車が来るんじゃ”と焦りました...

■3日目〜6日目 アナハイム
広いISAショ−の会場をあっち、こっち、とにかくカタログ集め.同業者と分かると、途端に会話が冷たくなるのは
日本でも同じ.気になっていた講習会の”ショートコース”は、首尾よく修了証を頂きましたが、一番分かり易い
コースを選んで行ったものの、英語力が足りず散々でした〜.
車を飛ばして、ロス市内の”リトルトウキョ−”で会食したのが唯一の息抜きでした.
ISAショ−も、6日目の午前中で終了し、サンフランシスコへ向かいました.
同行メンバ−には申し訳なかったが、一番楽しみにしていた”ヨセミテ国立公園”へ寄るためです.
サンフランシスコでは、色々事件があったものの、その夜はナイトツァ−でチャイナタウンへ.
黒人の運転手兼ガイドが印象的でした.

■7日、8日目 サンフランシスコ〜ヨセミテ
サンフランシスコからヨセミテ国立公園まではバスの旅.広大な丘に並ぶ電力発電用風車や、その年の山火事
で荒れた森林地帯を抜けて、岩登りのメッカ、ヨセミテに着いた時は長年の夢が叶って、大感激.
一番見たかったエルキャピタンハーフドームなど、女性ガイドが2時間天蓋無しのトラムカ−で案内してくれる
のですが、最前列に並んで、あ〜だ、こ〜だと騒ぐのでムスッとしてましたね.
泊ったヨセミテロッジは、庭にリスが来たりする自然の中にあり、久し振りに落ち着きました.

■9日、10日目 ニューヨーク
時差が3時間あるアメリカはさすがに広い!.1回目の機中泊をしてニューヨークに着き、パンナムビル近くの、
日本人が経営するKITANOホテルに宿泊.自由の女神や5番街エンパイアステートビルにも上がって市内を
遠望
したりと、お約束の休日を楽しみましたが、自由の女神のあるリバティ島に向かう船から見たマンハッタン島
は、丁度、海に浮かぶ都市そのものでした.
着いたときはケネヂィ空港、アトランタへはラ・ガーディア空港からと、間違っちゃうとアウト!の移動で、やっと
会社のあるアトランタへ着き、その夜はホテルで駐在員と会社主催のパーティ.
終了後、私だけ、ここに赴任していた同期で親友のM木の家へ行って、久方振りの旧交を温めました.

■11日目 アトランタ
アトランタは「風と友に去りぬ」の舞台になった土地で、いかにも南部の町らしい所です.
初日はスケジュールの関係から、現地工場訪問の前に、HPコールセンタ−へ行きました.
駐在員のM月君の車で着いたHPコールセンタ−のオフィスは、深い森に囲まれた素晴らしい環境にあり、
コール対応者が一人一人個室を持っていて、日本とはくらべものにならない設備.
応対してくれた黒人マネージャーの案内でセンター内を見学した後、会議室で懇談(内容は50%位しか
分からなかった代わりに、相手の話に相槌をうつタイミングだけは、抜群になりました).
この日は、M月君の家にサービス関係の駐在員が全部集まり、内輪のパーティが開かれました.

■12日目 アトランタ
営業オフィスと工場の見学を終え、技術スタッフとの交流会を行った後、時間があったので、近くのいかにも
南部らしい邸宅の並ぶ市内を通って、唯一の名所とかいう”コカコーラ最初のPR看板”などを見、ついでに、
南部の古い着物や道具などの展示館も見学しました.

■13日目 ヒユーストン
アメリカをぐるりと回って、最後がヒユーストンでした.ここではNSAの宇宙センタ−見学が主体でした.
聞きしに勝る規模の宇宙センターでは、実物の宇宙ロケット宇宙船が展示されており、官制センターも
見学できる様になっています.またまた、アメリカの国力の大きさに驚かされました.
その夜は、同行のTちゃんがメキシコ料理店に話を付けて、久し振りにメンバ−だけの打上げ会?をしました.

■14日目 ヒユーストン〜成田
ヒユーストンからトランジットでロスアンジェルスに寄っただけの2回目の機中泊で、成田に戻りました.
アメリカの空港の雰囲気と違い、成田に着いた時の雑踏ぶりは、いかにも日本に帰って来た実感が湧きました.

帰りの飛行機で、アリゾナ上空から見た延々と続く砂漠地帯が、なんだか懐かしかったです〜.


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