甲斐駒5合目にベースを設置して行われたこの年の
夏山合宿では、M月さん、T樫さんと、鋸岳を縦走して
からベースへ入り、翌日、同じメンバーで黄蓮谷・右俣
へ行った.
黄蓮谷・右俣は、甲斐駒に突き上げている沢の中では、
最大の部類に入る、大きな沢である.

五合目のベースから、黄蓮谷へ下降する.
通る人が少ないのか道は荒れていた.尾白川の川床
に着き、ワラジを履く.上流に雪渓があるため、水が
冷たい.しばらく川床を歩くと坊主の滝に出る.
ザイルも出さずに取り付いたので、滝の中段で、危ない
体制からザックを開けるはめになる.ハーケンを1本
打ってビレイし、M月さん、T樫さんが来た所で、ボロボロ
の岩と不安定な草の根を掴むいやな登攀2ピッチで終了
点、落口右の灌木帯に入る.
滝心の左壁には、冬のものらしいハーケンと捨て縄が
掛かっていた.今はツルツルのスラブで、とても登れた
ものでは無い.

黄蓮谷右俣

山の日記
奥千丈の滝(下段)
夏山合宿で、黄蓮谷・右俣を登った
記録です.リーダ−の資格というものを、
つくづく考えさせられた山行でした.
坊主の滝の落ち口から再び沢に降り、しばらく行った所で何でもない岩に滑り、腰まで冷たい水に落ちて
しまった.1回目のスリップ.
二股の緩いスラブを右に入り、いよいよ黄蓮谷・右俣へ入る.出合の滝は、左側からシャワークライムで
抜け、しばらくは何も無いゴーロ状で、最初の雪渓に行き当たった.ワラジで雪渓の上を歩く訳には行かず、
シュルンドの開いた右岸をガラガラ落石しながら行く.足を置くどの岩もあてに出来ず、しだいに無神経になって
落ちそうなのは足で蹴落としながら進んだ.坊主の岩が正面に見える地点で、右岸から小さな沢が入ってきた.
沢の出合に巨大な岩が二つ、テラスに引っ掛っている.二人に待って貰って岩に手を掛け、いつものクセで
引っ張ってみたがびくともしない.両手で抱える様にして体重を乗せた途端、グラリと来た.いつの間にそうなった
のか、気が付いた時には、巨大な岩の上に乗っかっていた.岩と岩がぶつかり合ってキナ臭い匂いが鼻を付く.
”落ちたら終りだ”と、落ちながらそう思って、ぴったりと動いている岩に体を付けていた.
岩と一緒に下へ着きホッとする.左足首が少し痛むだけでなんとも無い.突然の出来事で、二人ともあっ気に
とられて見ていたが、きれいに落ちきったテラスへ上がり、スノーブリッジの下で休んだ
TOPを代わろうかと言ってくれたが気分も落ち着いたので、奥千丈の滝へ向かう.
慎重に奥千丈の滝の下段を登る.ザイルを使う程の事も無く水を激しく噴出している落口へ出て、奥千丈中段へ.
ここはべろんべろんのナメ滝だった.ルートは途中で滝心をトラバースして右岸へ移る様だ.ここはザイルを出すべき
だった.飛沫に濡れながら滝の右側を登り、滝心の丸い岩に手を掛けて左にトラバース、案外しっかりした凹角下の
テラスへ移る.T樫さんが登りだす.彼もかなりバランスに苦労しながら丸い岩まで来た.”それに足を掛けないで”と
言った覚えがあるが、既にT樫さんは足を掛けており、見ている前で滑り台の様にザッ−と滑っていった.
下に居たM月さんが、ザックのヒモを掴んで止めなければ、奥千丈の滝下段の落口から飛び出していっただろう.
ザイルを出して確保すると、今度はスムースにトラバース出来、テラスに移った所でM月さんに合図する.
凹角状のスラブを2ピッチで抜け、右岸の草付きを高まく.それからは、高まきの連続となる.
逆クの字をした奥千丈の滝上段からは、10m程の滝が連続している.
我々はそれを見ながら、高まきを続ける.高まきの最中でもザイルを使う、いやな草付きが続く.
小尾根を二つ越えて沢に降りるが、2ピッチですぐ右岸に追い上げられる.インゼルらしきものが現れ、再び沢に
降りて左岸に移る.定時交信の時間になって呼ぶとK柳隊が出た.甲斐駒を越えてベースに向かっているらしい.
早川尾根から甲斐駒へ来るはずのU松のパーティとは連絡が取れず、中継して貰って頂上で待つ様に言う.
我々はまだ沢の中だ.いつの間にかあたり一面ガスの中.現地点が分からなくなり、2回偵察してやっと
右に寄りすぎている事がわかり、小沢を2本トラバースして這い松をこぐと、駒の頂上から200m程下の縦走路
に出た.三人とも疲れ切って頂上まで登る気力が無く、次の交信時間まで下る事にする.
黄蓮谷・右俣は、通常なら6時間のルートであるが、我々は10時間以上掛かっていた.
沢の状態も悪かったが、これでは明日から三パーティに分かれての尾白本谷と黄蓮谷を中止せざるを得ない.
痛んできた左足を引きずる様にしてベースへ戻りながら、今日の3回のスリップとルートファンディングの悪さを
合わせ、リーダ−の資格というものを考えると心が重かった.
翌日で合宿を終了し、ただ山に居たいだけの4人が5合目に残り、あとのメンバ−は下山した.

T村さんが退職した後、夏・冬を通して合宿のりーダ−を務めたが、この黄蓮谷の経験で自分の山に対する
考え方が変った様に思う.貴重な経験をさせて貰った合宿だった.....
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69.7.28